創作戯曲

『ルームゲーム』

【キャスト】帯金浩康
      辻内幸伸
      金澤麻美




    《一 場》


    社会人野球の試合後のロッカールーム。
    部員の帯金浩康がボールを見つめている横で、
    同じく部員で親友の辻内幸伸は、イスに腰掛け、スパイクを脱いでいる。


辻内 にらめっこ。
帯金 (ボールを見つめている)
辻内 にらめっこ。
帯金 ・・・
辻内 (棒読みっぽく)にーらめっこしましょ、あっぷっぷ。
帯金 うっせーな。
辻内 ほどけない。
帯金 ・・・気合でほどけ。
辻内 ほどけないからほどいてー。
帯金 奥さんにやってもらえよそんくらい。家で待ってんだろ。
辻内 そうそう、おかえりあなた。あら何?あなた今日スパイクのまま帰ってきたの。もう、おっちょこちょいなんだからって、違うでしょう、もお!しかも俺、まだ独身だし。
帯金 ・・・あれ?おかしいな。(エアコンのリモコンを取って)こんなに温度下げたっけ。
辻内 もういいよそのツッコミ。今日何回目?
帯金 十回目。
辻内 もうさぁ、他のパターン無いの?
帯金 うっせーな。お前もお前だろ?一々ツッコんでられねぇよ。たく、一日で何カロリー使わせる気だよ。お前のために毎日、摂取してんじゃねぇんだよ。
辻内 わかってるよ。(視線をスパイクに落とす)
帯金 ・・・
   

    しばし沈黙が続く。


辻内 脱げた。
帯金 脱げた?
辻内 脱げた。
帯金 良かったじゃん。
辻内 流石、俺のスパイク。輝きが違うな。
帯金 まあな。


    再び沈黙に入る。


辻内 ちょっとトイレ行くわ。
帯金 おう。


    辻内、はける。
    独りになった帯金は、やがてグローブを磨きだす。
    結構、磨いている。
    辻内、すぐに戻ってくる。


辻内 やっべぇ。いっぱいだった。
帯金 は?
辻内 個室。
帯金 大の方かよ。
辻内 いや、小。
帯金 何でわざわざ個室で小すんだよ。素直に小便器でやればいいだろ。
辻内 座ってやらないと出ないんだよ。
帯金 仕方ねぇなぁ。じゃあしろよ。
辻内 わりい。


    部室隅のおまるに移動する辻内。


辻内 見るなよ。絶対見るなよ。
帯金 わかってるよ。


    再び、帯金はグローブを磨き出す。
    そこにマネージャーの金澤が入ってくる。


金澤 おつかれー。
帯金 ・・・(視線を上げて)おつかれ。
金澤 (スポーツドリンクを差し出して)飲む?
帯金 ・・・ありがと。
金澤 惜しかったね。
帯金 うん。
金澤 …一点。
帯金 うん。
金澤 折角、おびー頑張って九回まで投げたのにね。打線が一点も取ってくんないんじゃねぇ。これじゃあ勝てっこないよね。なんかおびーの孤軍奮闘って感じでさ、
帯金 あれ?
金澤 ?
帯金 空いてる。
金澤 へ?
帯金 お前、飲んだだろ?
金澤 悪い?
帯金 当たり前だろ。んなもん飲ませんなよ。
金澤 (どことなく悲しげ)
帯金 …まぁ、飲むけどさ。
金澤 (ちょっと笑顔)


    帯金、ドリンクをぐびぐびと飲む。

   
辻内 あー間接キスだー。
帯金 (チラッと見る)
辻内 いいなー、金澤麻美と間接キス。
帯金 ・・・用は足したのかよ?
辻内 まだ。
帯金 早くしろよ。
辻内 はーい。


    辻内、用を足しだす。


帯金 …怖いもの知らず。
金澤 うん。
帯金 好きなの?…こういうの。
金澤 まさか。慣れただけ。
帯金 …俺がやってるときは逃げるくせに。
金澤 そうだっけ?
帯金 知らない。
金澤 おびー、鈍感だもんね。
帯金 うん。
   

    わずかな沈黙。


金澤 なんか今日のおびー変だね。
帯金 別に。いつも通り。
金澤 うん。知ってる。
帯金 お前、バカだもんな。
金澤 うん。
帯金 トイレ行ってくる。
金澤 うん。


    帯金、はける。
    金澤、帯金が飲んだドリンクを手に取る。


金澤 (ちょっと笑顔)
辻内 好きだなー、お前。
金澤 うん。私、好きなの。ポカリスエット
辻内 今日何本目?
金澤 三本目。
辻内 飲みすぎだよー。選手ならともかくお前マネージャーだろー?絶対、飲みすぎだってぇ。
金澤 いいの。
辻内 まあ、いいけどさ。
金澤 …うん。


    間


辻内 ・・・うーんと、
金澤 ?
辻内 ちょっとさぁ、一発ヤラせてくんない?
金澤 え?
辻内 我慢できねぇんだ。
金澤 え?え?でも、
辻内 (微笑をして)冗談だよ。
金澤 ・・・ポカリくれたら。
辻内 ?
金澤 ポカリスエットくれたら、考えてもいいかな。
辻内 ええ?マジで!?そんな百五十円ポッキリでいいの?
金澤 多分。
辻内 お前、バカだもんな。
金澤 うん。


    辻内、金澤を抱き寄せようとする。
    帯金が戻ってくる。


帯金 いっぱいだった。
辻内 は?
帯金 個室。
辻内 ああ。
帯金 (おまるを指差して)していい?
辻内 ああ。…すればいいじゃん。
金澤 ・・・


    帯金、おまるに移動する。
    金澤、焦ってはける。


帯金 ・・・なぁ。
辻内 ん?
帯金 そこの鍵、お前の?
辻内 は?
帯金 机。
辻内 あー?いや、違うな。
帯金 ふーん。
辻内 (鍵を拾い上げて)誰のだろ。
帯金 …マネージャーのかも。
辻内 マジ!?
帯金 知らね。
辻内 (ロッカーを見つめる)
帯金 ・・・ポカリ飲み過ぎた。
辻内 (鍵を持ったまま立ちすくむ)


    帯金、用を足し、外に出る。
    辻内、金澤のロッカーを再び一瞥し、鍵を握り締める。


辻内 (唇を嘗め回す)

   
    辻内、鍵穴に差そうとするが、直前で思いとどまる。
    鍵を元の机の上に戻し、一旦、おまるに移動し、心を落ち着かせようとする。


辻内 (ちょっと溜息)
  
 
    いろいろ考える。
    沈黙が続く。


辻内 (一瞬、周囲を見渡し、ゆっくりと鍵に手を伸ばす)

   
    辻内、意思を固める。

   
辻内 (鍵穴に差そうとする)
   
    ドアが開く音。
   
辻内 !?

   
    辻内、とっさに鍵を荒々しく投げ、恐る恐る振り向く。
 
  
帯金 うっす。
辻内 おびーかよお。
帯金 悪い?
辻内 もう、何?
帯金 いや。ちょっとジュース買いに行ってた。
辻内 驚かすなよマジで。
帯金 お前が勝手に驚いてるだけじゃん。
辻内 またポカリ?
帯金 …好きだから。
辻内 はあ。


    帯金、イスに座り、ポカリを開けて飲む。
    辻内、投げた鍵を拾いに行く。

   
帯金 …どうだったんだよ。
辻内 どうって?
帯金 鍵。
辻内 ああ。
帯金 マネージャーのだった?
辻内 知らねぇよ。まだつついてないし。
帯金 ふーん…つまんね。
辻内 何だよ?
帯金 ビビりだなぁ。
辻内 ・・・
帯金 …あとでポカリおごってよ。
辻内 何でだよ?
帯金 なんとなく。
辻内 ・・・わかったよ。ちょっとだけ…ちょっとだけ確かめてみるよ。
帯金 ふーん、面白いじゃん。
辻内 マネージャーのかどうか確かめてみるだけだからな?


    辻内、そっとロッカーの鍵穴に差してみる。


辻内 !?
帯金 どう?
辻内 入った。
帯金 マジ?
辻内 マジマジ入ったよ!!
帯金 ふーん。
辻内 やっべ。(あれこれ妄想)・・・
帯金 …何、躊躇してんだよ。
辻内 べ、別に躊躇なんかしてねーよ。
帯金 …金澤麻美の脱ぎたてのジャージ。
辻内 ・・・(ゴクリ)
帯金 脱ぎたての下着。脱ぎたてのシューズ。脱ぎたての…
辻内 ちょ、マジ何唆してんだよ!?
帯金 …別に。

   
    間

   
帯金 ちょうだい。
辻内 は?
帯金 使わないならちょうだいよ。
辻内 は?お前、何言ってんだよ。
帯金 いいだろ。別に。(鍵を奪い取る)
辻内 あ、ちょ!
帯金 なんなら、俺が開けようか?
辻内 ・・・
帯金 (開けようとする)
辻内 あ、ちょ待って!
帯金 ん?(振り向く)
辻内 俺に、やらせて。
帯金 (微笑をして)わかってんじゃん。(鍵を渡す)
辻内 おう。


    辻内、滴る汗を拭い、差そうとする。


辻内 ちょっと、タンマ。
帯金 じらすなよ。
辻内 おまるするわ。
帯金 また?さっきやったばっかじゃん。
辻内 ちょっとポカリ飲みすぎて。
帯金 一滴も飲んでないだろ。
辻内 いいんだよ。


    辻内、おまるに移動。


辻内 あー、はあ。
帯金 …本番前の一服かよ。
辻内 まあ、そんなもん。
帯金 (嘲笑するように)ふっ。


    帯金、スパイクに手入れをし始める。
    対する辻内、夢見心地に浸る。


辻内 …懐かしいな。
帯金 ん?
辻内 …なんか、こういうの。
帯金 まあな。
辻内 小学生の時とか、よくやってた。
帯金 ああ。
辻内 ・・・男のロマンってゆうかさ。なんか、懐かしい。
帯金 うん。


    侘び寂びに浸る二人。
    しばし、続く沈黙。
    
     場転。